東日本大震災

東日本大震災 
3月11日地震発生の時は、私は茅ヶ崎市役所の分庁舎にいました。一人の方が何時もと違うサイレンがすると外へ出ました。「緊急地震速報」だったようですが、よく理解されないままに揺れが来ました。市の方が見回りに来てくれました。エレベーターはこの時に止まったようです。ざわざわしているうちに2度目の揺れが来ました。「大津波警報」が出たようで、間もなく中央公園へ避難するようにと市の方に言われ、慌てて外へ、中央公園へ行きました。ぞくぞくヘルメットをかぶった市の職員が集まってきました。職員は全員ヘルメットをかぶっていますが、市民は無帽です。その後何の連絡もなく、情報もなく、寒くなるし、空模様もおかしいし、どなたに指示を仰げばいいのか解らずどうしたものかとしばらく留まっていましたが、道路も渋滞し始め、職員の方が駐車場に移動し始めたので、私も付いて行き、そこで職員の方に「○○地区に住んでいるのですが家に戻っても大丈夫ですか」と聞きました。「気を付けて、情報収集はしてくださいね」取敢えず、車で戻りました。2倍ほどの時間は掛かりましたが、思った程ではありませんでした。家の周辺は静かで、みんな避難してしまったのかと、急に心配になりました。お隣に電話を掛けました。通じません。そこで気が付きました。夫、息子、娘にメールをしました。普通に送信できたので届いているものと思っていましたが、返事がない訳をそこで気が付きました。家電で何度か試みましたが、繋がりません。PCもその時点ではNGでした。(ちょっと訳が分かりません)連絡の取れない事の不安は、大変なストレスです。こんな時こそのツールではないのでしょうか?
我が家では帰宅難民が4人、夫は秋葉原から2時間歩いて息子の家に、車通勤の娘は職場から保育園へ8時過ぎにつきました。保育園は停電していたそうです。保育士さんは最終のお子さんのお迎えは12時を回っていたそうです。大変な仕事だと思いました。娘の夫は赤坂を4時に出て12時に横浜着着いたそうです。息子のお嫁さんも2時間程かけて戻ったとのこと。
お隣と何かあったらよろしくと、お願いして一人余震と、よく解らない「緊急地震速報」
「茅ヶ崎市だったら海岸から何メートル以内に住んでいる人は高いところに避難」具体的に情報を流してほしいと思いました。私は800メートルほどの所に住んでいます。

に、怯えながら1夜を過ごしました。夫の兄弟、姪、ペナンから色々の方からお電話いただきました。有難うございます。
夫の友人からは世界中の色々な情報が送られてきますが、正確なのかちょっと疑問のものもあります。

今日13日、空っぽのガソリンを入れに行きました。永い列の先は「売り切れ」の看板、うそ・・・・何軒目で、10台以上並んでいましたが、給油することが出来ました。スーパーの棚は何でと言う程棚が空っぽです。私たちはもっと冷静に行動していかなくてはと痛感しました。帰り道、営業していないガソリンスタンドが何軒もありました。

原発が、どうか、どうか大変な事になりませんように、そして被災に合われた多くの方々に一刻も早く平穏ね時間が訪れることを心から祈っています。
Category: つれずれ

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